教皇の祝福を受けた蝋(ろう)の小円盤を、栞形のポシェットに封入した古い信心具「アグヌス・デイ」。「アグヌス・デイ」(AGNUS DEI) はラテン語で「神の子羊」という意味です。信心具「アグヌス・デイ」の本体は、ローマ、サンタ・クローチェ聖堂のシトー会修道院で製作された蝋製の円盤で、一方の面に神の子羊が造形されています。本品はこの蝋製小円盤をフランスで布製ポシェットに封入し、持ち運びできるようにしたものです。
ポシェットは修道女の手作りで、表(おもて)面を絹、裏面を木綿で被い、縁には淡紅色のガラスビーズを使って丁寧な縁取りを施しています。表(おもて)面には三色の糸で花を刺繍し、中央にジャンヌ・ダルクの絵の写真を貼り付けています。少女ジャンヌは甲冑姿で白馬にまたがり、「イエズス、マリア」の文字があるオリフラム(oriflamme 軍旗)を頭上高くに掲げています。背景に黒々と見えているのは、救援を待つオルレアンの城壁でしょう。ジャンヌは後ろを振り返り、恐れず自分に続くように兵士たちに命じています。
写真は烏賊墨(セピア)色に褪色していますが、表面をルーペで観察しても、アルブミン・プリントのような亀裂や紙の繊維は見られません。また画像の暗部がシルヴァリング
silvering(ミラリングmirroring、シルヴァー・ミラリング silver mirroring)を起こしています。したがってこの写真はゼラチン・シルバー・プリントであることがわかります。19世紀はアルブミン・プリントの時代でしたが、1880年代頃からはゼラチン・シルバー・プリントもよく使われるようになってきます。したがってこのアグヌス・デイは、1890年代から1910年代頃のベル・エポック期に製作されたものであることがわかります。
アグヌス・デイの裏面には、ジャンヌにふさわしくオリフラムを模(かたど)って切り抜いた紙片に、ゴシック典礼体のラテン語で「アグヌス・デイ」(Agnus
Dei) と手書きされています。
本品はおよそ百年、あるいはそれ以上前に製作された真正のアンティーク品ですが、古い年代にもかかわらず非常に良好な保存状態です。破損やひどい汚れなど、特筆すべき問題はいっさいありません。
「アグヌス・デイ」は、ローマ教皇の祝福を受けた蝋製円盤を封入した特別な信心具です。製作年代から判断すると、本品はピウス9世(在位 1846
- 1878年)、レオ13世(在位 1878 - 1903年)、ピウス10世(在位 1903 - 1914年)のいずれかから祝福を受けているはずです。アグヌス・デイを常に身に着けることによって、罪の赦しが得られ、厳しい気候や洪水、火事、疫病、悪魔、突然の死から守られるといわれています。「アグヌス・デイ」が製作された年代は、20世紀前半頃までです。サンタ・クローチェ聖堂のシトー会修道院は2011年に閉鎖されましたので、将来再び作られることはおそらく無く、たいへん貴重な品物となっています。